M2いかいです。
昨日、2月2日(火)に、修士論文公聴会が終わりました。
去年の公聴会見たら、改めて一年間が、すごく短いことを感じてしまった・・・。
発表終了後は、疲れていたからか、達成感とか、感慨深いものがなかったけど、
発表から1日経って、頭ん中整理したら、色々と自分の中で、思いが湧いてきたので、
書き残しておこうと思います。
修士論文。
一年間を通してみて、夏休み後は完全にだれていた。
10月は研究以外にも、することがあって確かに忙しかったが、
それが言い訳にしかならないことが自分に腹が立ってしまう。
調査を始めたのは実質11月中旬~
1月上旬には少しずつ分析結果が見えはじめ、
それが意外な答えがあったり、考えていたことと一致したりと、
修論が楽しく感じられた時間だった。
しかし、データ抽出に、あれだけ時間が掛かるとは予想外だった。
概要提出後も、分析は続き、今年は、本文提出から3日後に発表というタイトな
スケジュールだったので、研究室に缶詰状態で本文、パワポを同時進行で作成。
公聴会までの残り3週間はハッキリいって廃人生活。
誰かに相談する時間も勿体無いと思うぐらい。
毎年先生が言われる「もう一ヶ月早かったらなぁ」という言葉が身に染みた。
けど、結果として、未熟ではあるが自分自身満足できたものが出来たと思っていた。
が、問題は公聴会の発表についてである。
学生生活の集大成である公聴会。
自分がやってきたことを15分で発表するのは難しく、質疑応答時、
研究内容が完全に伝わっていなかったことに気付いた。
本質部分ついて、他の先生方から意見を聞きたかったのだが、
調査手法に関する質問しかなく、それに的確に答えれていなかったことにも、
おわった後、 悔しく、苛立った。徹夜でパワポつくって、打ち上げして疲れて
いたにも 関わらず、 翌日、自ら、久先生に講評を聞いてしまうほど…
あと、公聴会自体についても疑問を感じた。
学会発表ではなく、公衆に対するプレゼンでもない。その中間的位置で、
学生生活の研究成果を発表する最後で最高の舞台(僕がそう思っているだけ?)
であるにも関わらず、レポートに点数をつけるかのように、個人的批判や
生産・発展性の ない表層的批評となる所謂、閉じた質問が多いように思えた。
また、修論こそ外部審査員を呼んだ方が面白そうだと思うほど、とても視野の狭い
公聴会に思え、楽しみにしていた分、正直、ガッカリした。
ただ、その一方で、そんな場だからこそ、建築、都市計画や 土木の専門性を
自分が習得できていないことを再確認できたことは唯一、良かったと思えた点である。
たった一回の発表で終わってしまうと修論は完全なるジコマンである。
今ある悔しい気持ちから、いろんな人の意見を聞いてみたいと思う。
そして、今回の反省を踏まえ、本文手直しして、余裕があれば、
次の学会発表に参加しようかなぁという気持ちが芽生えた。
以上、修論+公聴会の感想(半分、グチ?)です。
あと、打ち上げ、すごく楽しく、おいしいお酒が飲めました。
M1福ちゃん、今ちゃん、あっつー、なかじー、まさに加えて、
修論打ち上げには異例の3回生、松木くんが参加。
今までと、これからの研究室のことや、公聴会の感想やら、熱く討論でき、
公聴会より何倍も意味があった気がする。
でも帰り際に、あと何回こんなことができるのかと考えてしまい、悲しくなり、
残り約50日の学生生活有効に楽しく使いきろうと決心。
と、色々と考えさせられた良い1日でした。
ではでは、
忙しい時間のなか、僕の下らない発表を見にきてくれた人、ありがとうございました。
あと、中垣くん、サポートしてくれた研究室のみんな、お疲れ様でした~♪
2010/02/03
2010/02/02
みなさんに最後のご挨拶をしたいと思います。
こんにちわ、あっつ~です。
ブログに私事を書くのは気が引けますが、少しだけ書かせていただきます。
今年の4月から市役所の職員として働くことになりました。
残念ながら大学院は1年目で中退という形になってしまいます。
大学院の中頃から本格的に自分のやりたいことが明確になり、少しでもチャンスを生かそうとして追加募集を受けさせて頂いたのですが、今年で合格するなんて思っていなかったので少々戸惑っていました。
本来、大学院は2年通い、修士論文を書くことで人間的に成長することが大切だと思います。その点で言えば、私は自分を磨くための時間を減らしてしまったのだととても残念に思います。
正直言って、学部生の頃は本当にダメな人間でした。ですが、1年間という短い期間でしたが大学院にいたことで僕自身、人間的に成長した部分が自分でも感じられるほどになり、大学院に入って本当に良かったなぁと思います。
さて、これから社会に出て社会貢献を目指して頑張っていかなければいけないんですが、官僚の時代におけるウミを出し、より住民主体の政治になっていくと思います。
そこで、私が市の職員としてどのように住民と関わり合いながら仕事を進めていくか、考えないといけないと思います。

この本は公務員の現状からこれからの公務員のあり方について述べています。
ただ単に公務員になるための勉強だけじゃなく、なってからどうしていかないといけないのか?を知るのに
良いと思ったのでついでに紹介させてもらいました。
最後になりましたが、
久先生!!たくさんのご迷惑をおかけしましたが、今まで本当にありがとうございました!!
卒業なさった先輩方、ご面倒見て頂きありがとうございました!!
同期のみんな、卒論や授業で支えてくれてありがとう!!
4回生、お互い新入社員ですが頑張りましょう!!
3回生、卒論と就活頑張って!
ブログに私事を書くのは気が引けますが、少しだけ書かせていただきます。
今年の4月から市役所の職員として働くことになりました。
残念ながら大学院は1年目で中退という形になってしまいます。
大学院の中頃から本格的に自分のやりたいことが明確になり、少しでもチャンスを生かそうとして追加募集を受けさせて頂いたのですが、今年で合格するなんて思っていなかったので少々戸惑っていました。
本来、大学院は2年通い、修士論文を書くことで人間的に成長することが大切だと思います。その点で言えば、私は自分を磨くための時間を減らしてしまったのだととても残念に思います。
正直言って、学部生の頃は本当にダメな人間でした。ですが、1年間という短い期間でしたが大学院にいたことで僕自身、人間的に成長した部分が自分でも感じられるほどになり、大学院に入って本当に良かったなぁと思います。
さて、これから社会に出て社会貢献を目指して頑張っていかなければいけないんですが、官僚の時代におけるウミを出し、より住民主体の政治になっていくと思います。
そこで、私が市の職員としてどのように住民と関わり合いながら仕事を進めていくか、考えないといけないと思います。

この本は公務員の現状からこれからの公務員のあり方について述べています。
ただ単に公務員になるための勉強だけじゃなく、なってからどうしていかないといけないのか?を知るのに
良いと思ったのでついでに紹介させてもらいました。
最後になりましたが、
久先生!!たくさんのご迷惑をおかけしましたが、今まで本当にありがとうございました!!
卒業なさった先輩方、ご面倒見て頂きありがとうございました!!
同期のみんな、卒論や授業で支えてくれてありがとう!!
4回生、お互い新入社員ですが頑張りましょう!!
3回生、卒論と就活頑張って!
2010/01/29
天龍村情報雑誌のご案内
2009/12/31
2009年も終わりです。
M1福田です。
2009年もあと数時間で終わりです。
年末にしては少し淋しい研究室からブログ書きます!!
みなさん今年一年はどんな年だったでしょうか?
僕は色んな事にチャレンジして日々の生活も遊びも100%で取り組めたので
毎日充実して過ごすことが出来ました。
(人生で最も時間があるとされたM1としてはもちろん不安も残りますが…)
27日には2009現役ひさけんの”大掃除&鍋パ”
28日には2007~2008ひさけんOB&OG忘年会があったので報告します。
(28日の写真はにしむ送ってや!!)
■27日:ひさけん恒例の”大掃除&鍋パ”
忙しい中手伝ってくれた皆さん本当にありがとうございました。
3回生も来てくれてありがとう。
1つ1つの共同作業の積み重ねが研究室の雰囲気を作り出すのだなと
改めて感じます。
大掃除なのでイスも全部出します



これで1/4程度!!よくこれだけ溜まるもんだという位ゴミは増えます。
清掃のオバちゃんごめんなさい。。。

掃除が終わると買出しに行って鍋パへ

学祭の時にお世話になった八百屋さんのサービスで野菜たっぷりです。

鍋は一瞬で空になります(笑)




階段では寝ないように(笑)

早いもので卒業まであと少しになってしまいましたが、まだまだ鍋パもしたいですね。
semi室がめちゃめちゃ綺麗になったので、またレイアウト等考えていきましょう。
(あっ!!自分の部屋の大掃除は持ち越しだ 汗)
■28日:2007~2008ひさけんOB&OG忘年会
夏のOBOG会や学祭の時、茨木まちづくり塾等
ちょくちょく卒業して行った先輩や同期と
話が出来る機会があると言うことはひさけんのとてもいい所です。
(岐阜・岡山・福井等遠くから駆けつけてくれてありがとうございます)
満と今ちゃんも連絡ありがとう。
ひさしぶりなのに全然そんな気はせず、
でも話すときっちり社会人してるトコなんかは学生とは違うんだなとも思いました。
最近思うのが、気を使わなくても良い場の大切さです。
僕はそんな友人がいること・出会えたことを本当に幸せに思います。
これからも5年10年と続けていきたいイベントです。
今回来れなかった先輩方もまた機会を作りますね!!!
ここからは”エゴブロ”です。
■年末ライブ
3年前から恒例になりつつある年末ライブに今年も行ってきました。


最前部で見てたのはいいですが、
ダイブした人に顔蹴り上げられメガネが上に飛んでいきました(泣)
場所が場所なので最後を見届けることは出来ませんでした。
(まだ1年しか使ってないお気に入りだったのに…)
楽しませてもらったし、
ダイブも盛り上がるのである程度はしょうがないと思うのですが
ライブ中は良くても、帰りの電車で後悔が押し寄せてきました。
でも、今回一つ発見だったのは、見えなかったら(僕は裸眼0.01なので)
見えなかったなりに音と光に集中できて新しい楽しみ方に気付かされました。
■二点目
最近就活で色んな業界の話を聞いているので
色んな人に会い仲良くなります。
始めは社交辞令で携帯番号変えていたのですが、
中には連絡取り合う人も出てきたりしてとても刺激になります。
時々久先生もお話に出される
早稲田大学の都市計画系の後藤春彦研究室のM1の方とも友人になりました。
同じくフィールドワークを基とした都市計画を学ばれているということで、
色々と学ぶ所も多いですので、これからも情報交換できたらなと思います!!
それにしても
この3年公務員の方々と一緒に活動する機会を頂きとても魅力的に感じ
一方で専門分野の全然違う一般企業にも魅力を感じる
公務員か一般企業か。悩みは深いです…
それではみなさんよいお年を!!!
2009年もあと数時間で終わりです。
年末にしては少し淋しい研究室からブログ書きます!!
みなさん今年一年はどんな年だったでしょうか?
僕は色んな事にチャレンジして日々の生活も遊びも100%で取り組めたので
毎日充実して過ごすことが出来ました。
(人生で最も時間があるとされたM1としてはもちろん不安も残りますが…)
27日には2009現役ひさけんの”大掃除&鍋パ”
28日には2007~2008ひさけんOB&OG忘年会があったので報告します。
(28日の写真はにしむ送ってや!!)
■27日:ひさけん恒例の”大掃除&鍋パ”
忙しい中手伝ってくれた皆さん本当にありがとうございました。
3回生も来てくれてありがとう。
1つ1つの共同作業の積み重ねが研究室の雰囲気を作り出すのだなと
改めて感じます。
大掃除なのでイスも全部出します
これで1/4程度!!よくこれだけ溜まるもんだという位ゴミは増えます。
清掃のオバちゃんごめんなさい。。。
掃除が終わると買出しに行って鍋パへ
学祭の時にお世話になった八百屋さんのサービスで野菜たっぷりです。
鍋は一瞬で空になります(笑)
階段では寝ないように(笑)

早いもので卒業まであと少しになってしまいましたが、まだまだ鍋パもしたいですね。
semi室がめちゃめちゃ綺麗になったので、またレイアウト等考えていきましょう。
(あっ!!自分の部屋の大掃除は持ち越しだ 汗)
■28日:2007~2008ひさけんOB&OG忘年会
夏のOBOG会や学祭の時、茨木まちづくり塾等
ちょくちょく卒業して行った先輩や同期と
話が出来る機会があると言うことはひさけんのとてもいい所です。
(岐阜・岡山・福井等遠くから駆けつけてくれてありがとうございます)
満と今ちゃんも連絡ありがとう。
ひさしぶりなのに全然そんな気はせず、
でも話すときっちり社会人してるトコなんかは学生とは違うんだなとも思いました。
最近思うのが、気を使わなくても良い場の大切さです。
僕はそんな友人がいること・出会えたことを本当に幸せに思います。
これからも5年10年と続けていきたいイベントです。
今回来れなかった先輩方もまた機会を作りますね!!!
ここからは”エゴブロ”です。
■年末ライブ
3年前から恒例になりつつある年末ライブに今年も行ってきました。


最前部で見てたのはいいですが、
ダイブした人に顔蹴り上げられメガネが上に飛んでいきました(泣)
場所が場所なので最後を見届けることは出来ませんでした。
(まだ1年しか使ってないお気に入りだったのに…)
楽しませてもらったし、
ダイブも盛り上がるのである程度はしょうがないと思うのですが
ライブ中は良くても、帰りの電車で後悔が押し寄せてきました。
でも、今回一つ発見だったのは、見えなかったら(僕は裸眼0.01なので)
見えなかったなりに音と光に集中できて新しい楽しみ方に気付かされました。
■二点目
最近就活で色んな業界の話を聞いているので
色んな人に会い仲良くなります。
始めは社交辞令で携帯番号変えていたのですが、
中には連絡取り合う人も出てきたりしてとても刺激になります。
時々久先生もお話に出される
早稲田大学の都市計画系の後藤春彦研究室のM1の方とも友人になりました。
同じくフィールドワークを基とした都市計画を学ばれているということで、
色々と学ぶ所も多いですので、これからも情報交換できたらなと思います!!
それにしても
この3年公務員の方々と一緒に活動する機会を頂きとても魅力的に感じ
一方で専門分野の全然違う一般企業にも魅力を感じる
公務員か一般企業か。悩みは深いです…
それではみなさんよいお年を!!!
2009/11/25
九州横断旅行:大分県杵築編
どうもこんにちわ、M1のあっつ~です。福ちゃんの豊後高田編に続きましてその次に訪れた杵築市の城下町についてお話させていただきます。
豊後高田からこれまた特急に乗り、JR杵築駅へ。この写真は夜の杵築駅

杵築に着き、いざ城下町へと思って道を曲がってみたらなんと壮観なり。

坂をのぼりつつ昔の町並みが残る城下町を堪能しました。

坂の上からの風景。昔の人たちはこのような風景をいつも見ていたのだろうか。

そのまま残っているので塀はこのようになっています。

武家屋敷の塀もそのままで、観光客もそんなに多くなかったです。

こちらは杵築城下町最大の武家屋敷。ちなみに武家屋敷は中間たちの住む長屋門を含めて武家屋敷と呼ぶそうです。屋敷だけではないということですね。

最大とあって、回遊式庭園もなかなかのものです。

屋敷内の湯殿。真ん中に排水溝の役割をする溝があります。ここで髪が詰まるといけないので当時は敷居を引いて風呂に入ってたそうで、風呂に敷く敷居、それが風呂敷の語源となっています。

左はタンス、右は布団入れ として扱われていました。左のタンスの上に竹ざおが見えますでしょうか。昔はこれをタンスにの取っ手に引っ掛けて運んでいたことから、タンスは1竿2竿…と数えられるようになっていたそうです。

等の様々なことを、この事務の方が丁寧に教えてくださいました。ちなみに、ふすまは部屋と部屋の間に段差がない場合に、障子で下の方が木目になっているものは段差があることを表しているそうです。

この×模様は、女中が屋敷主を送り出す際に、帰りを待つ…という意味で松が入っています。

杵築城下町は間に谷があり、杵築城はやはり山の先端にありました。地形から環境を読み取るという観点から金沢城と同じような形状になっているとわかりました。

これは谷に下りてみたところです。残念なことに、公道が走っていました。周りは城下町の雰囲気をかもし出しているのに。ど真ん中に公道が走っている風景も新鮮でしたが(笑)

これは南側の城下町。ここで住んでいる人の住居が多く見られました。犬の散歩している人もちらほら…

まっすぐみても塀がそろっていて、観光地化されておらず人が少ないため、壮観でした。

安全モデル地区でもあるようです。

これは一般道から杵築城下町に入るところに、城下町の関所をみつけました。昔はここを通って城下町に入ったりしていたんでしょうね。

何より驚きだったのは、この城下町地区の中に市役所があったこと。市役所まで城下町の雰囲気のまま使ってます。 福ちゃんは、市役所ここで決定ですね(笑)

大分駅に着き、電車を待つまでの間、大分名産であるからあげを食べました。

写真は湯布院駅
1日目は湯布院に行き、カントリーフラミンゴやまなみという所で温泉浸かって泊まりました。ここのおばちゃんがとってもいい人で、ずっとお話していました。
次は安心院や湯平に行ってみたいと思いました。
大分はまちとしてとてもおもしろく、そして何より人が優しい!!アクセスは確かに大変で、電車も1時間に1本とかざらでしたが、将来、ここでなら住みたいとおもえるような町が多かったです。
また、2日目については後日書かせていただきます。
豊後高田からこれまた特急に乗り、JR杵築駅へ。この写真は夜の杵築駅
杵築に着き、いざ城下町へと思って道を曲がってみたらなんと壮観なり。
坂をのぼりつつ昔の町並みが残る城下町を堪能しました。
坂の上からの風景。昔の人たちはこのような風景をいつも見ていたのだろうか。
そのまま残っているので塀はこのようになっています。
武家屋敷の塀もそのままで、観光客もそんなに多くなかったです。
こちらは杵築城下町最大の武家屋敷。ちなみに武家屋敷は中間たちの住む長屋門を含めて武家屋敷と呼ぶそうです。屋敷だけではないということですね。
最大とあって、回遊式庭園もなかなかのものです。
屋敷内の湯殿。真ん中に排水溝の役割をする溝があります。ここで髪が詰まるといけないので当時は敷居を引いて風呂に入ってたそうで、風呂に敷く敷居、それが風呂敷の語源となっています。
左はタンス、右は布団入れ として扱われていました。左のタンスの上に竹ざおが見えますでしょうか。昔はこれをタンスにの取っ手に引っ掛けて運んでいたことから、タンスは1竿2竿…と数えられるようになっていたそうです。
等の様々なことを、この事務の方が丁寧に教えてくださいました。ちなみに、ふすまは部屋と部屋の間に段差がない場合に、障子で下の方が木目になっているものは段差があることを表しているそうです。
この×模様は、女中が屋敷主を送り出す際に、帰りを待つ…という意味で松が入っています。
杵築城下町は間に谷があり、杵築城はやはり山の先端にありました。地形から環境を読み取るという観点から金沢城と同じような形状になっているとわかりました。
これは谷に下りてみたところです。残念なことに、公道が走っていました。周りは城下町の雰囲気をかもし出しているのに。ど真ん中に公道が走っている風景も新鮮でしたが(笑)
これは南側の城下町。ここで住んでいる人の住居が多く見られました。犬の散歩している人もちらほら…
まっすぐみても塀がそろっていて、観光地化されておらず人が少ないため、壮観でした。
安全モデル地区でもあるようです。
これは一般道から杵築城下町に入るところに、城下町の関所をみつけました。昔はここを通って城下町に入ったりしていたんでしょうね。
何より驚きだったのは、この城下町地区の中に市役所があったこと。市役所まで城下町の雰囲気のまま使ってます。 福ちゃんは、市役所ここで決定ですね(笑)
大分駅に着き、電車を待つまでの間、大分名産であるからあげを食べました。
写真は湯布院駅
1日目は湯布院に行き、カントリーフラミンゴやまなみという所で温泉浸かって泊まりました。ここのおばちゃんがとってもいい人で、ずっとお話していました。
次は安心院や湯平に行ってみたいと思いました。
大分はまちとしてとてもおもしろく、そして何より人が優しい!!アクセスは確かに大変で、電車も1時間に1本とかざらでしたが、将来、ここでなら住みたいとおもえるような町が多かったです。
また、2日目については後日書かせていただきます。
2009/11/18
九州横断旅行:豊後高田編
M1福田です。
11月8‐9日の間でM1あっつ~と一緒に
春に使った『西日本パス』を利用し伝建地区を巡る旅に行ってきました。
今回は地域を絞って、九州横断してきました!!
春の記事も良かったらどうぞ
http://hisaken2008.blogspot.com/2009/06/blog-post_29.html
初日、まず向かったのは大分県豊後高田!!
昭和ブームの中、知っている人もいるかと思いますが
古きよき「昭和のまち」宣言を日本で初めてしたまちです。


豊後高田が面白いのは初めからではありませんでした…
湯布院・別府など観光資源が多い大分県の中でも
「1番のおちこぼれ」と称される場所でした。
そんな豊後高田が「昭和のまち」宣言をしたのは2001年です。
当時のキーワードは4つ挙げられます。
パラペットと呼ばれる後から建物の正面に付け足した”化粧”をはがし
看板からプラスチックを排除し昔の雰囲気をだす
「昭和の建築再生」





2つ目
博物館に飾るほどの貴重さや希少さはなくとも
それぞれの店にとってかけがえのないお宝を展示する
「一店一宝」



実際に触れる所もあります





テレビの上の機械は何か分からなかったので、
通りすがりの人に聞いてみるとポップコーン製作機らしいとのことです

どの宝も大事に使われていたことがよく分かるすごい一宝でした。
そして3つ目
大手量販店にはないその店独自の商品を提供する
「昭和の商品再生」
なつかしいラムネ瓶

鯨カツとコッペパン お店の人が見当たらないと思ったら
隣の喫茶店にいるから声をかけてとの張り紙が

最後に
もてなしの”心”を持った当時の商人ありかたそのものを復元しようという
「昭和の商人(あきんど)再生」
あっつ~が左手に持っているカツを2人で買ったら
別売りのポテトを山盛りサービスで付けてくれました

道端で、お手製の漬物を売っていたのでお土産に1つ購入。

話を詳しく聞くと、向かいの電気屋の奥さんが
1年間分漬けておいて、小出しで売り出しているとのこと。(すごい!!)

以上の取組みにより、人が歩いていることも珍しかったまちに
今では平均15台(多い時には30台もの)の観光バスが来るとのことです。
しかし、決して簡単にたどり着いたのでも
たまたま時代の流れに乗ったのでも無いとの事。
10年という長い年月をかけて
自分たちのまちを徹底的に研究し
『まちにあるものを活かしたどんな取組みなら受け入れられるか』
を地元の商業者と商工会議所の人達(スタートは5人)が中心となって
豊後高田という存在を隅々まで検証して辿り着いたとの事です。
現在も地元の主婦の方々がボランティアとして
何を目的にどこから豊後高田に来たのかを分析されていました。
今回豊後高田で一番に感じたことは
地元の人がノッているまちは本物感が違うということでした。
モノが良くても人の心は動かない。
やはり、人が地域・雰囲気を作っているのだと思いました。
何気なく訪れたまちが
何度でも訪れたい
大好きなまちになりました。
11月8‐9日の間でM1あっつ~と一緒に
春に使った『西日本パス』を利用し伝建地区を巡る旅に行ってきました。
今回は地域を絞って、九州横断してきました!!
春の記事も良かったらどうぞ
http://hisaken2008.blogspot.com/2009/06/blog-post_29.html
初日、まず向かったのは大分県豊後高田!!
昭和ブームの中、知っている人もいるかと思いますが
古きよき「昭和のまち」宣言を日本で初めてしたまちです。
豊後高田が面白いのは初めからではありませんでした…
湯布院・別府など観光資源が多い大分県の中でも
「1番のおちこぼれ」と称される場所でした。
そんな豊後高田が「昭和のまち」宣言をしたのは2001年です。
当時のキーワードは4つ挙げられます。
パラペットと呼ばれる後から建物の正面に付け足した”化粧”をはがし
看板からプラスチックを排除し昔の雰囲気をだす
「昭和の建築再生」
2つ目
博物館に飾るほどの貴重さや希少さはなくとも
それぞれの店にとってかけがえのないお宝を展示する
「一店一宝」
実際に触れる所もあります
テレビの上の機械は何か分からなかったので、
通りすがりの人に聞いてみるとポップコーン製作機らしいとのことです
どの宝も大事に使われていたことがよく分かるすごい一宝でした。
そして3つ目
大手量販店にはないその店独自の商品を提供する
「昭和の商品再生」
なつかしいラムネ瓶
鯨カツとコッペパン お店の人が見当たらないと思ったら
隣の喫茶店にいるから声をかけてとの張り紙が
最後に
もてなしの”心”を持った当時の商人ありかたそのものを復元しようという
「昭和の商人(あきんど)再生」
あっつ~が左手に持っているカツを2人で買ったら
別売りのポテトを山盛りサービスで付けてくれました
道端で、お手製の漬物を売っていたのでお土産に1つ購入。
話を詳しく聞くと、向かいの電気屋の奥さんが
1年間分漬けておいて、小出しで売り出しているとのこと。(すごい!!)
以上の取組みにより、人が歩いていることも珍しかったまちに
今では平均15台(多い時には30台もの)の観光バスが来るとのことです。
しかし、決して簡単にたどり着いたのでも
たまたま時代の流れに乗ったのでも無いとの事。
10年という長い年月をかけて
自分たちのまちを徹底的に研究し
『まちにあるものを活かしたどんな取組みなら受け入れられるか』
を地元の商業者と商工会議所の人達(スタートは5人)が中心となって
豊後高田という存在を隅々まで検証して辿り着いたとの事です。
現在も地元の主婦の方々がボランティアとして
何を目的にどこから豊後高田に来たのかを分析されていました。
今回豊後高田で一番に感じたことは
地元の人がノッているまちは本物感が違うということでした。
モノが良くても人の心は動かない。
やはり、人が地域・雰囲気を作っているのだと思いました。
何気なく訪れたまちが
何度でも訪れたい
大好きなまちになりました。
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