ドイツ平和村の子どもたちを日本の子どもたちと決して比較しないで下さい。
子どもたちはそれぞれ大変なことがあり、幸せは比較するものではありません。
また、頑張っている子どもに頑張ってね!とは言ってはいけません。
もう彼らは頑張っています。
一緒に頑張りましょう。迷ったときは助け合いましょう。というべきです。
…人生の明暗を分けるという言葉があります。
一体何が“明”で、一体何が“暗”なのでしょうか。
死んでしまった子ども、死にそうな子どもの人生は暗なのでしょうか。
そして元気に育っている子どもが明の人生なのでしょうか。
他人が他人の人生を推し量ることはできません。
明か暗かは自分自身が決めることです。
人の人生を比較してはいけません。
死にそうな人の前で、あなたの人生は“暗”でしたね。と言える人はいないでしょう。
最初に言ったようにボランティアは志願してすることです。
決して奉仕ではありません。
相手に対して、下から目線でも、上から目線でもダメなのです。
一つ例を挙げます。
アフガニスタンのアリくんの夢は“一日一個リンゴを食べること”。
平和村で初めてリンゴを食べて美味しいと思ったのがきっかけです。
ちづるさんは内緒でアリくんにリンゴをあげました。
本当は特別扱いはいけないことなのですが、喜んでくれるのならと思い、こっそりあげたそうです。
リンゴを貰ったアリくんは大喜びです。
ありがとう、ありがとう!と涙を流して喜びます。
そんなアリくんの凄い笑顔に感動して、またリンゴを持っていこうと思いました。
つまりこのサイクルが、相互感動。。ホスピタリティです。
ボランティアはホスピタリティに溢れています。
この話には続きがあります。
アリくんに毎日リンゴを持っていきました。
1日、2日、3日…
4日目になると、もうアリくんから笑顔が消えていました。
これはアリくんから夢が消えたわけではありません。
夢がもっと大きくなったのです。
自国の両親にリンゴを食べさせたいとか、自分でリンゴを作りたいとか、それはアリくんの夢なので分かりません。
ですがこれが生きていく喜びなのかも知れません。
なぜ平和活動をするのか…、ちづるさんが最後に言っていたことです。
これは私も同じ意見でした。
苦しいからです。
そんな子どもたちがいることを知ってほっておくことが苦しいからです。
自分が苦しいのは嫌だから、そんな子どもたちをほっておくことはしたくないのです。
気持ちだけでは状況は変わりません。
だから自分にできることを探します。
最近ボランティアをやりたいという人が多いと思います。
社会のために何かしたいけど、何をしていいか分からないという後輩を多く知っています。
ボランティアをはじめる人へのアドバイスです。
・やっている人はやっていない人を責めないこと
・しんどければやめましょう。和を乱してしまいます。
・できることだけする。無理なことをするを余計大変な事態になることが多いです。
・誰にでもできることはあります。
ボランティアをしたいのではなくて、日常で生まれた感情に従った結果がボランティアという形になることを望みます。
2009/09/05
ドイツ国際平和村(2)
ドイツ平和村では普通に子どもたちが笑っています。
一見無邪気なように見えますが、それは間違いです。
服の脱がすとほとんどの子が傷だらけです。
そういった子を見ても、泣いたりビックリしたりしないで下さいとボランティアの人は言われます。
必ず、ニコニコしていて下さいと言われます。
子どもたちがこれ以上傷つかないように。。。
平和村では夜に子どもは無意識に泣きます。
でもスタッフはそれを止めません。
子どもは泣いて、疲れて、ぐっすり眠るのです。
昔は規律があって教育は受けさせていませんでした。
他国の子どもを勝手に教育することは内政干渉にあたるからです。
しかしながら、最近は子どもたちに初歩的な勉強をさせることにしています。
子どもたちはそれを喜びます。
子どもたちは言います。
勉強すれば、自分のやりたいことが見つけられる。勉強すれば、人生が豊かになる。勉強すれば、可能性が広がると。。
教えることは母国語と農作物の作り方、そして料理の方法です。
料理を教えるボランティアの人は学生です。
料理が上手いわけでもありません。
子どもたちと一緒に失敗したりして、一緒に学んでいきます。
こうして、子どもたちに考える楽しみを教えます。
答えを知っている大人は、つい子どもたちに答えを教えて従わせることが多くなりますが、そうではなくて、子どもたちのスタイルを自分で決めさすことこそ、教育の原点です。
平和村の子どもたちは老成化しています。
誰か新しい人が来ると、いつ帰るの?と聞きます。
それは最初から別れを考えて付き合うためです。
10代の少女は言います。
…人生って忘れることでしょう。。
少女たちは今までの人生で全てを失ってきました。
そんな少女でも、平和村で平和に触れると変わっていきます。
笑顔になり、泣くことを覚え、旅立ちます。
ドイツ平和村ではリハビリが終われば、母国に帰らされます。
これは残酷ではありません。
平和を知った彼らが平和を作っていくのです。
その証拠に母国に帰った人で一人も兵士になった人はいません。
一見無邪気なように見えますが、それは間違いです。
服の脱がすとほとんどの子が傷だらけです。
そういった子を見ても、泣いたりビックリしたりしないで下さいとボランティアの人は言われます。
必ず、ニコニコしていて下さいと言われます。
子どもたちがこれ以上傷つかないように。。。
平和村では夜に子どもは無意識に泣きます。
でもスタッフはそれを止めません。
子どもは泣いて、疲れて、ぐっすり眠るのです。
昔は規律があって教育は受けさせていませんでした。
他国の子どもを勝手に教育することは内政干渉にあたるからです。
しかしながら、最近は子どもたちに初歩的な勉強をさせることにしています。
子どもたちはそれを喜びます。
子どもたちは言います。
勉強すれば、自分のやりたいことが見つけられる。勉強すれば、人生が豊かになる。勉強すれば、可能性が広がると。。
教えることは母国語と農作物の作り方、そして料理の方法です。
料理を教えるボランティアの人は学生です。
料理が上手いわけでもありません。
子どもたちと一緒に失敗したりして、一緒に学んでいきます。
こうして、子どもたちに考える楽しみを教えます。
答えを知っている大人は、つい子どもたちに答えを教えて従わせることが多くなりますが、そうではなくて、子どもたちのスタイルを自分で決めさすことこそ、教育の原点です。
平和村の子どもたちは老成化しています。
誰か新しい人が来ると、いつ帰るの?と聞きます。
それは最初から別れを考えて付き合うためです。
10代の少女は言います。
…人生って忘れることでしょう。。
少女たちは今までの人生で全てを失ってきました。
そんな少女でも、平和村で平和に触れると変わっていきます。
笑顔になり、泣くことを覚え、旅立ちます。
ドイツ平和村ではリハビリが終われば、母国に帰らされます。
これは残酷ではありません。
平和を知った彼らが平和を作っていくのです。
その証拠に母国に帰った人で一人も兵士になった人はいません。
ドイツ国際平和村(1)
M1の中村です。
ドイツ国際平和村への支援活動をしている、女優の東ちづるさんの講演会に参加しました。
何回かに分けて紹介したいと思います。
ドイツ国際平和村は、紛争地域や危機に瀕した地域の子どもたちへの医療援助を行なう為、ドイツの市民によって1967年に設立されました。
HP:http://www.friedensdorf.de/welcome3.html
この講演会では平和村の活動紹介を通して、ボランティアの大切さを学ぶことができたので、ここで紹介したいと思います。
さて、皆さんはボランティアの日本語訳を知っていますか?
時々ニュアンスで『奉仕』と訳す人がいますが、それは間違いです。
奉仕はサービス。ボランティアは志願することです。
つまり自らすすんで行うことをボランティアと訳します。
ドイツはボランティア先進国です。
そのボランティア精神は凄いものです。
平和村では国連でも把握しきれない傷ついた子どもたちを助けようとしています。
平和村ではまず、貧困や紛争地域に赴き、子どもたちを連れてきます。
例えば、国連が入らない紛争地域のアフリカのアンゴラに行ったときの話です。
アンゴラには多くの傷ついた子どもたちがいます。
その地域にはおよそ500人。
中には脚のない子や、目の見えない子、さらには脳みそが見えている子なども普通に大勢います。
どうしてそうなったの??と聞いて返ってくる答えは“どうしてこうなったか分からない”というものです。
つまりあまりに不幸が重なって、理由がどれか分からない状況なのです。
そんな中で、平和村の人は43人の子どもを選別しなくていけません。
なぜなら500人も収容するスペースが平和村にはないこと、他の地域の子どもたちも連れて行かないといけないことが前提だからです。
どうやって選別するのか?
条件があります。
・貧困の家庭であること
・引き取り手がいること
・生きていけそうな子であること
です。
生きていけそうな子というのは、連れていく過程で死んでしまうような子でないということです。
平和村で死ぬなら、母親の手の中で死んだ方がよいということです。
もちろん、この条件に当てはまる子どもは沢山いますし、子どもを連れていきたい母親も沢山います。
ですが、選別しなくてはいけません。
断るとき、母親は平和村のスタッフを責めません。
“どうして私の子どもを助けてくれないの?”とは責めません。
それは彼女らが絶望に慣れきっているからです。
連れて行かれる子どもたちは泣き叫びます。
捨てられる、売られると思っているからです。
そんな現状の中で、子どもたちはドイツに飛び立ちます。
ドイツではその子どもたちを受け入れる体制が整っています。
まず入国審査がありません。それから菌に対する注射も行いません。
注射は1000本以上しなくては意味がないそうです。
ドイツに降りると、すばやく救急車が来て病院やリハビリセンターに運ばれます。
そして何カ月か手術をして、平和村に行くのです。
医者はいつも“どうやったらこんなひどい状態になるのか分からない”と言います。
訪れる救急車は正規の救急車ではありません。
ドイツでは講習を受ければ誰でも救急活動ができます。
来ている救急隊員のほとんどがボランティア学生です。
色々な地域から来るので、色々な国の言語を学んだ各学生が対応します。
こういった取り組みこそドイツがボランティア大国である所以です。
ドイツ国際平和村への支援活動をしている、女優の東ちづるさんの講演会に参加しました。
何回かに分けて紹介したいと思います。
ドイツ国際平和村は、紛争地域や危機に瀕した地域の子どもたちへの医療援助を行なう為、ドイツの市民によって1967年に設立されました。
HP:http://www.friedensdorf.de/welcome3.html
この講演会では平和村の活動紹介を通して、ボランティアの大切さを学ぶことができたので、ここで紹介したいと思います。
さて、皆さんはボランティアの日本語訳を知っていますか?
時々ニュアンスで『奉仕』と訳す人がいますが、それは間違いです。
奉仕はサービス。ボランティアは志願することです。
つまり自らすすんで行うことをボランティアと訳します。
ドイツはボランティア先進国です。
そのボランティア精神は凄いものです。
平和村では国連でも把握しきれない傷ついた子どもたちを助けようとしています。
平和村ではまず、貧困や紛争地域に赴き、子どもたちを連れてきます。
例えば、国連が入らない紛争地域のアフリカのアンゴラに行ったときの話です。
アンゴラには多くの傷ついた子どもたちがいます。
その地域にはおよそ500人。
中には脚のない子や、目の見えない子、さらには脳みそが見えている子なども普通に大勢います。
どうしてそうなったの??と聞いて返ってくる答えは“どうしてこうなったか分からない”というものです。
つまりあまりに不幸が重なって、理由がどれか分からない状況なのです。
そんな中で、平和村の人は43人の子どもを選別しなくていけません。
なぜなら500人も収容するスペースが平和村にはないこと、他の地域の子どもたちも連れて行かないといけないことが前提だからです。
どうやって選別するのか?
条件があります。
・貧困の家庭であること
・引き取り手がいること
・生きていけそうな子であること
です。
生きていけそうな子というのは、連れていく過程で死んでしまうような子でないということです。
平和村で死ぬなら、母親の手の中で死んだ方がよいということです。
もちろん、この条件に当てはまる子どもは沢山いますし、子どもを連れていきたい母親も沢山います。
ですが、選別しなくてはいけません。
断るとき、母親は平和村のスタッフを責めません。
“どうして私の子どもを助けてくれないの?”とは責めません。
それは彼女らが絶望に慣れきっているからです。
連れて行かれる子どもたちは泣き叫びます。
捨てられる、売られると思っているからです。
そんな現状の中で、子どもたちはドイツに飛び立ちます。
ドイツではその子どもたちを受け入れる体制が整っています。
まず入国審査がありません。それから菌に対する注射も行いません。
注射は1000本以上しなくては意味がないそうです。
ドイツに降りると、すばやく救急車が来て病院やリハビリセンターに運ばれます。
そして何カ月か手術をして、平和村に行くのです。
医者はいつも“どうやったらこんなひどい状態になるのか分からない”と言います。
訪れる救急車は正規の救急車ではありません。
ドイツでは講習を受ければ誰でも救急活動ができます。
来ている救急隊員のほとんどがボランティア学生です。
色々な地域から来るので、色々な国の言語を学んだ各学生が対応します。
こういった取り組みこそドイツがボランティア大国である所以です。
2009/08/19
平和の旅 in 長崎
M1の中村です。
皆さん、夏はどうお過ごしですか?
私は今年の夏はいつもより充実しているように思えます。
また色々と成長できそうです。。
さて、福田くんの長崎の写真に影響されて、ひさけんblogを書いてみようと思います。
眼鏡橋
眼鏡橋のハート石
私は大学に入ってからは、多くの人に核兵器の恐ろしさを知ってもらうため、毎年大阪府下の大学生を集めてツアーを作り“原水爆禁止世界大会”に参加しています。
長崎市長演説
原水爆禁止世界大会は被爆地、広島・長崎で行われるのですが、今年のメイン会場は長崎でした。
今年は三星研の三回生もツアーに参加しました。
4泊5日。平和のことを考え、平和のことを議論し、平和のことを学び、平和を感じる。。
日常の大学生活では味わえないものです。
三星研の三回生も“こんなに仲間と毎晩議論をしたの初めてだ”“こんなに世界のことを考えたのは初めてだ”とツアーに参加して世界が広がったようです。
追悼平和祈念館
…今年4月のオバマ大統領のプラハでの演説。
そして来年5月のNPT再検討会議。
核兵器に関する歴史的大きな転換期の真只中で行われた今回の世界大会。
国連代表や各国政府代表の発言、NGO・市民団体の行動報告などにも熱が入り、核兵器廃絶に向けての意識を共有できたと思います。
こういった世界大会が行われる広島や長崎のまち。
その時まちの空気は平和で包まれます。。
皆さんは8月6日の広島へ、8月9日の長崎へ行ったことがありますか?
平和を願う人で溢れんばかりになります。
その場にいると、まるで平和のメッカのように感じます。

私はいつもこの空気を感じ、平和の大切を知ります。

集まる人は何も日本の大人だけではありません。
海外から来ている人も沢山いますし、私たちのような大学生や高校生、中学生なども沢山集まります。
多くの人は自分たちの地元で平和活動をしています。


大阪から持っていった千羽鶴
核兵器の世界の現状について、フランスの高校生が言っていたこと。。
無知は恥じるべきこと。
知らないことでどれだけの人を傷つけるのか。。
無知ならば、傷つけていることも分からない。
知らないことは罪である。
こうもはっきりと言われたのは久しぶりです。
…私たちは今の生活に甘んじているのかもしれません。
知ることで世界は変わります。
知ることで世界が広がります。
そして自分の世界を大きくすることで、大切なものが増えていきます。
私は、いやツアーに参加した学生たちはもう見て見ぬふりはできない気持ちでいます。
私も彼らも自分に何ができるのかを考え始めています。

皆さん、夏はどうお過ごしですか?
私は今年の夏はいつもより充実しているように思えます。
また色々と成長できそうです。。
さて、福田くんの長崎の写真に影響されて、ひさけんblogを書いてみようと思います。
私は大学に入ってからは、多くの人に核兵器の恐ろしさを知ってもらうため、毎年大阪府下の大学生を集めてツアーを作り“原水爆禁止世界大会”に参加しています。
原水爆禁止世界大会は被爆地、広島・長崎で行われるのですが、今年のメイン会場は長崎でした。
今年は三星研の三回生もツアーに参加しました。
4泊5日。平和のことを考え、平和のことを議論し、平和のことを学び、平和を感じる。。
日常の大学生活では味わえないものです。
三星研の三回生も“こんなに仲間と毎晩議論をしたの初めてだ”“こんなに世界のことを考えたのは初めてだ”とツアーに参加して世界が広がったようです。
…今年4月のオバマ大統領のプラハでの演説。
そして来年5月のNPT再検討会議。
核兵器に関する歴史的大きな転換期の真只中で行われた今回の世界大会。
国連代表や各国政府代表の発言、NGO・市民団体の行動報告などにも熱が入り、核兵器廃絶に向けての意識を共有できたと思います。
こういった世界大会が行われる広島や長崎のまち。
その時まちの空気は平和で包まれます。。
皆さんは8月6日の広島へ、8月9日の長崎へ行ったことがありますか?
平和を願う人で溢れんばかりになります。
その場にいると、まるで平和のメッカのように感じます。
私はいつもこの空気を感じ、平和の大切を知ります。
集まる人は何も日本の大人だけではありません。
海外から来ている人も沢山いますし、私たちのような大学生や高校生、中学生なども沢山集まります。
多くの人は自分たちの地元で平和活動をしています。
核兵器の世界の現状について、フランスの高校生が言っていたこと。。
無知は恥じるべきこと。
知らないことでどれだけの人を傷つけるのか。。
無知ならば、傷つけていることも分からない。
知らないことは罪である。
こうもはっきりと言われたのは久しぶりです。
…私たちは今の生活に甘んじているのかもしれません。
知ることで世界は変わります。
知ることで世界が広がります。
そして自分の世界を大きくすることで、大切なものが増えていきます。
私は、いやツアーに参加した学生たちはもう見て見ぬふりはできない気持ちでいます。
私も彼らも自分に何ができるのかを考え始めています。
2009/07/30
ひさけんテニス部
本日2本目です。
M1福田です。
もう1ヶ月も前の話になってしまうのですが
7月の頭に久宝寺緑地でテニスをしました。
ゼミのメンバーで運動するのは初じゃないでしょうか
きっかけは僕とM1正岡君との
「最近全然運動できてないね~」という会話から。
いつも話すだけで実行しないと言うことで、その日に予約入れることにしました!!!
運動やそのまま流れで晩御飯に一緒に行くことで
少しでも先輩・後輩での話しやすさを促進させたいという気持ちもありました。
日にちを指定しただけだったのですが
前からちょくちょくこぼしていたと言うこともあって
急な誘いにも関わらず、10人近くの参加者が集まったことには驚きでしたね。
やっぱり経験者の山崎さんが圧倒的にうまかったです。
でも、そこそこラリーが続くくらいはみんな打てて
最後は簡単なダブルスの試合をして楽しかったです。
翔はバテ過ぎ(笑)
その後みんなで王将で晩御飯とビール
久しぶりにめっちゃうまいビールが飲めました。
当初の目的もこの1ヶ月をみると達成されているようですし
とても楽しく充実した時間でした。
また種目を変えてでもやりたいね。
課題は久宝寺が遠いこと…
もっと近ければなぁ。
また、ネタが嵐山・高野山・講演会+とんぼりクルーズと
溜まってきてるので、がんばります!!!
研究室で少し話していたのですが、
夏はリレー方式でもブログ更新したいですね。
PS
去年話してた京セラ貸切の野球もやりたかったなぁ~
2009/07/13
山本 昌邦
M1福田です。
久しぶりのエゴブロです。
山本 昌邦という人を知っていますか?
昨年末にはあのマンUとの壮絶な打ち合いを演じたガンバ大阪率いる西野監督と
二人三脚でチームを作り上げ1996年にブラジルを破る大金星を挙げマイアミの軌跡を起こし
記憶に新しい日韓W杯ではトルシエの下で中学生の時から見てきたヒデや松田など選手たちを励まし続け
アテネ五輪では監督として世界と戦った
そんな日本サッカー界の転機に立ち続けたサッカー指導者です。
日本サッカーの成長と共にあった山本さんが
本を何冊か出して下さっているので紹介します。
なんといっても一番面白いのは「山本昌邦備忘録」
監督・選手の会話を交えながら進めていくことで
当時の「トルシエジャパン」で何が起きていたのかを解説してくれます。
(ここが画期的!!)
試合だけでなくどこか社会の縮図のような様子があり、
サッカーの奥深さを伝えて下さっています。
当時のチームの内情が僕ら一般人にも分かり
なぜ日本がbest16止まりに終わってしまったのかが納得できます。
これまでに無かったタイプの本なので
サッカーファンにとって最高の一冊です。

そして今回紹介するきっかけにもなった
現在までの日本サッカー界の偉人達との紹介・対談である「日本サッカー遺産」

都市にしてもサッカーにしても
キーとなってくるのは情熱を持った人なんだと感じさせてくれる一冊です。
日本サッカー界の成長がダイジェストで分かります。
アテネの監督時代を綴った「山本昌邦指南録」も
食中毒を越えて戦ったアジア予選の様子などは必見です。
やっぱりジャンル違えど大事なのは人の魅力だと考えさせられます。

僕は、先人たちの本音が見れる機会はそうは無く、
色々と刺激を受けることが多いので
ビジネス・スポーツ・映画問わずにドキュメントやメイキングを見ることが好きなのですが、(実は本体を観るのより好きかも…)
これからは伝記なども積極的に読んでいきたいと思ってます。
まちあるきも同じなんですがちょっとの情報収集で裏側を知ると
全然楽しむ度合いが変わってきます。
今回紹介した本は研究室の本棚に並べておきます。
暇なときにでもどうぞ!!
P.S
前に観に行った5月のチリ戦
めずらしく4-0の快勝で気持ちよかったです。

次は甲子園やね(笑)
久しぶりのエゴブロです。
山本 昌邦という人を知っていますか?
昨年末にはあのマンUとの壮絶な打ち合いを演じたガンバ大阪率いる西野監督と
二人三脚でチームを作り上げ1996年にブラジルを破る大金星を挙げマイアミの軌跡を起こし
記憶に新しい日韓W杯ではトルシエの下で中学生の時から見てきたヒデや松田など選手たちを励まし続け
アテネ五輪では監督として世界と戦った
そんな日本サッカー界の転機に立ち続けたサッカー指導者です。
日本サッカーの成長と共にあった山本さんが
本を何冊か出して下さっているので紹介します。
なんといっても一番面白いのは「山本昌邦備忘録」
監督・選手の会話を交えながら進めていくことで
当時の「トルシエジャパン」で何が起きていたのかを解説してくれます。
(ここが画期的!!)
試合だけでなくどこか社会の縮図のような様子があり、
サッカーの奥深さを伝えて下さっています。
当時のチームの内情が僕ら一般人にも分かり
なぜ日本がbest16止まりに終わってしまったのかが納得できます。
これまでに無かったタイプの本なので
サッカーファンにとって最高の一冊です。

そして今回紹介するきっかけにもなった
現在までの日本サッカー界の偉人達との紹介・対談である「日本サッカー遺産」

都市にしてもサッカーにしても
キーとなってくるのは情熱を持った人なんだと感じさせてくれる一冊です。
日本サッカー界の成長がダイジェストで分かります。
アテネの監督時代を綴った「山本昌邦指南録」も
食中毒を越えて戦ったアジア予選の様子などは必見です。
やっぱりジャンル違えど大事なのは人の魅力だと考えさせられます。

僕は、先人たちの本音が見れる機会はそうは無く、
色々と刺激を受けることが多いので
ビジネス・スポーツ・映画問わずにドキュメントやメイキングを見ることが好きなのですが、(実は本体を観るのより好きかも…)
これからは伝記なども積極的に読んでいきたいと思ってます。
まちあるきも同じなんですがちょっとの情報収集で裏側を知ると
全然楽しむ度合いが変わってきます。
今回紹介した本は研究室の本棚に並べておきます。
暇なときにでもどうぞ!!
P.S
前に観に行った5月のチリ戦
めずらしく4-0の快勝で気持ちよかったです。
次は甲子園やね(笑)
2009/05/07
司馬遼太郎記念館
M1福田です。
先日告知した司馬遼太郎記念館に、同じくM1の中村満君と行ってきました。
先日告知した司馬遼太郎記念館に、同じくM1の中村満君と行ってきました。
司馬遼太郎の自宅。立派な庭に囲まれています
書斎は未完に終わった『街道をゆく~濃尾参州記~』
の執筆の際の資料が置かれたままだそうです
の執筆の際の資料が置かれたままだそうです
今回記念館を訪れて感じた一番の事は、一流の人の「本気力」でした。
資料を集めること約6万冊。記念館で展示してある様子を見ることが出来るのは約2万冊でしたが、十二分にその「本気力」を感じることが出来ました。
(展示してある本はまったく同じものを集めたそうで、ホンモノは自宅の書庫・玄関・廊下・書斎においてあるままだそうです。)
安藤忠雄氏の知識の延長上をイメージとしたという本の配置・量とそれらが創り出す空気感は言葉では表現できない位の迫力がありました。
司馬遼太郎がこれだけ調べてから執筆活動しているのに自分たちの知識程度で論文などを書いて社会に対し意見するなど、ものすごく失礼なことのように思いました。
自分なりのペースで知識を身につけていきたいと思います。
また、展示されていた「21世紀に生きる君たちへ」のパネルをを読んで、
読書をするということは、素晴らしい作者の方々との対話なのだと改めて感じました。
訪れれば、必ず何かを感じることが出来るであろう素晴らしい記念館でした。
ぜひ在学中に1度は行ってみてください。
最後に…
「二十一世紀に生きる君たちへ」という本に感動したので抜粋して紹介します。
(10分もあれば読める本ですので、全部読みたければ言ってください。)
君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。
―自分に厳しく、相手にはやさしく。
という自己を。
そして素直で賢い自己を。
~中略~
自己といっても、自己中心におちいってはならない。
人間は、助け合って生きているのである。
~中略~
助け合う気持ちや行動のもとはいたわりという感情である。
他人の痛みを感じることと言ってもいい。
やさしさと言い換えてもいい。
この3つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。
根といっても本能ではない。
だから、私たちは訓練してそれを身につかねばならないのである。
《参照:二十一世紀に生きる君たちへ 司馬遼太郎記念館》
2009/04/17
第2回HR報告
今井です。
第2回HRについての報告です。
参加者
M2:井階さん、中垣さん
M1:福田君、谷口さん、満、今井
B4:早野君、中村君、小栗君
内容としては、まちあるきについて、フィールドウォーカーズ報告など。
明日18日のまちあるきは
10時榛原駅集合
| (バス)
宇陀(伝建地区)
| (徒歩)
道の駅にて昼食
| (バスまたは徒歩)
室生山公園芸術の森
| (八木駅下車)
飲み会
大体の流れはこんな感じです。
遅刻厳禁!+カメラを忘れないように(ベストショットを集めます)
また、BLOGのmember欄にそれぞれ画像を表示したいと考えています。
なので、自分の好きな画像のデータ(著作権等には気を付けて) を何でもいいので
必ず持ってきてください。
方法は井階さんか福田君に聞いてください。
次回のHRは4月24日(金)4限です。
いまい
第2回HRについての報告です。
参加者
M2:井階さん、中垣さん
M1:福田君、谷口さん、満、今井
B4:早野君、中村君、小栗君
内容としては、まちあるきについて、フィールドウォーカーズ報告など。
明日18日のまちあるきは
10時榛原駅集合
| (バス)
宇陀(伝建地区)
| (徒歩)
道の駅にて昼食
| (バスまたは徒歩)
室生山公園芸術の森
| (八木駅下車)
飲み会
大体の流れはこんな感じです。
遅刻厳禁!+カメラを忘れないように(ベストショットを集めます)
また、BLOGのmember欄にそれぞれ画像を表示したいと考えています。
なので、自分の好きな画像のデータ(著作権等には気を付けて) を何でもいいので
必ず持ってきてください。
方法は井階さんか福田君に聞いてください。
次回のHRは4月24日(金)4限です。
いまい
2009/04/09
新年度初HR
今井です。
今年度初のHRを行いました。
<内容>
・自己紹介(新M1、B4)
・まちあるきについて
・メイド・イン・オーサカについて
参加者はB4の早野君、楠本君、中村君、平田君。
M1の福田君、谷口さん、満、正岡君。
M2の井階さん、中垣さんです。


ニューフェイスの正岡君。
今回のHRでまちあるきの詳細が決定しました。
場所: 宇陀(伝建地区)~室生山公園芸術の森
日時: 4月18日
集合時間: 10:00 榛原駅(近鉄)
室生山公園芸術の森については信川さんが紹介してくれています。
http://hisaken2008.blogspot.com/2008/05/blog-post.html
また、前回の近江八幡の時のようにベストショットを集めたりしようと
考えています。

HRの途中で電話がかかって来て中村君がオロオロしていました。
他にも、日直が始まって研究室で時間を持て余す4年生の姿をみると、
自分もそうだったなーとか、卒業したみんなはどうしてるかなーとか
考えたりなんかしています。
いまい
今年度初のHRを行いました。
<内容>
・自己紹介(新M1、B4)
・まちあるきについて
・メイド・イン・オーサカについて
参加者はB4の早野君、楠本君、中村君、平田君。
M1の福田君、谷口さん、満、正岡君。
M2の井階さん、中垣さんです。
ニューフェイスの正岡君。
今回のHRでまちあるきの詳細が決定しました。
場所: 宇陀(伝建地区)~室生山公園芸術の森
日時: 4月18日
集合時間: 10:00 榛原駅(近鉄)
室生山公園芸術の森については信川さんが紹介してくれています。
http://hisaken2008.blogspot.com/2008/05/blog-post.html
また、前回の近江八幡の時のようにベストショットを集めたりしようと
考えています。
HRの途中で電話がかかって来て中村君がオロオロしていました。
他にも、日直が始まって研究室で時間を持て余す4年生の姿をみると、
自分もそうだったなーとか、卒業したみんなはどうしてるかなーとか
考えたりなんかしています。
いまい
2009/02/25
090222 スノボー旅行
おはようございます。体中バッキバキのがっきーです。
先ほど、長野・栂池でのスノボー旅行から帰ってきました。取り急ぎ旅行中の様子を。
京橋にて早めに集合し、みんなで晩飯を食べました。串カツ+酒で出発前にすっかりみんなできあがりました。
AM6:00過ぎに現地到着。その後部屋でしばし休憩。
早速ゲレンデへ。到着した時は雨でどうなることかと思いましたが、このときには雪に変わりました。
1日目が終了し、部屋で飲み。みんなさすがにお疲れの様子。終始ゆったりまったりでした。
気持ち良さそう~
さて2日目。この日は朝から天気が良く周りの景色もいい眺め。
↑ちょっと分かりずらいですが、山のてっぺんまで良く見えるほどいい天気でした。
雪景色をバックに
颯爽と滑る井階隊長
2日目も終了し、帰りのバスに乗る前にみんなで温泉に。みんな筋肉痛であちこちバッキバキの様子。
↓姉御にマッサージを受けるふくちゃん。うれしそう♪
最後はみんなで集合写真をパシャリ!
ひさけんのメンバーと一緒に行くスノボーはめっちゃ楽しかったです。また誰一人怪我することもなく無事に帰ってこれて何よりでした。スノボー初体験の人もこの2日間で滑れるようになり、最後にみんなが連なって滑る光景はちょっと感動でした。終わった後でみんなで話していましたが、また来年もこういう機会を作りたいものです。
最後に、この旅行の提案・手配等をしてくださった野田さん、ありがとうございました!!
では久しぶりに自分の布団に入るとします・・・zzz
先ほど、長野・栂池でのスノボー旅行から帰ってきました。取り急ぎ旅行中の様子を。
京橋にて早めに集合し、みんなで晩飯を食べました。串カツ+酒で出発前にすっかりみんなできあがりました。
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AM6:00過ぎに現地到着。その後部屋でしばし休憩。
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↑ちょっと分かりずらいですが、山のてっぺんまで良く見えるほどいい天気でした。
雪景色をバックに
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颯爽と滑る井階隊長
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2日目も終了し、帰りのバスに乗る前にみんなで温泉に。みんな筋肉痛であちこちバッキバキの様子。
↓姉御にマッサージを受けるふくちゃん。うれしそう♪
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最後はみんなで集合写真をパシャリ!
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ひさけんのメンバーと一緒に行くスノボーはめっちゃ楽しかったです。また誰一人怪我することもなく無事に帰ってこれて何よりでした。スノボー初体験の人もこの2日間で滑れるようになり、最後にみんなが連なって滑る光景はちょっと感動でした。終わった後でみんなで話していましたが、また来年もこういう機会を作りたいものです。
最後に、この旅行の提案・手配等をしてくださった野田さん、ありがとうございました!!
では久しぶりに自分の布団に入るとします・・・zzz
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